金のさかなのゴショーの叙事詩
Jaroslavs Kaplans(ヤロスラフ・カプラン)

ビジネスのおとぎ話
英知が輝く
「わたの原 漕ぎ出でて見れば 久かたの雲ゐにまがふ 沖つ白波」

『百人一首(76番)』より
藤原忠通作
親愛なる読者の皆様、どうぞ想像してみてください。このうえなく巨大な水槽に、(まったく非の打ちどころなく)実直で心優しく、魔法のちからを持った金のさかながおります。彼女の名はゴショーといいます。
想像してみてください…
この驚異に満ちた広大な水槽の中で、さかなのゴショーは自分の進む方向や速さ、それから深さまで自分ひとりで決めることができます。 その点では、この金のさかなはまさに貴族のように自分の生き方を自分で決める力を持っています。つまるところ、水槽の温度、自分が味わう昼食や夕食、誰を大切にして誰と敵対するのか、自分の住んでいる所の酸素の濃さ、水槽の底に植える草(あるいは水草)の種類まで、すべて自分で決めているのです。
独立心旺盛な金のさかなは?
水槽の中では、われらが金のさかなはすべてを支配しています(と、彼女は信じています)。
・温度
・食べ物
・酸素の濃さ
・水槽内の他のさかなたちの行動
水槽内ではどこでも、金のさかなは自立しています。
ゴショーの生活にはたったひとつだけ「取るに足らない」問題がありました。
ただ、ひとつの「小さな」
問題
彼女が暮らして泳ぎ回っている水槽には、それ自体のうごきがあるのです。この金のさかなは、水槽のうごきにはほんのわずかに気づいてはいますが、あまり理解はしていません。
水槽にはそれ自体のうごきがあるのです。
水槽自体がうごいているといっても、別に驚くことではありません。この物語は「おとぎ話」と銘打たれてはいますが、われらが驚異の水槽は寓話の世界にあるわけではなく、このお話の金のさかなだって空想の世界にいるわけではないのです。実のところ水槽はこの地球という星の……つまり天の川という興味深い名で呼ばれるこの銀河の、太陽系の、第3番惑星の……とある国N、それは、あるいは絶えず美しい波の打ち寄せる海という「国」としましょう。その非常に具体的な経度M、どちらかといえば洒落た緯度Pに位置しています。
水槽は現実世界にあるのです
この地球は太陽のまわりをめぐり、地軸に沿って回転していて、地上のあらゆるものもそれと一緒にめぐりまわっているのです(目をまわさないように気をつけないとね)。私たちの(というよりは、ゴショーの)水槽ももちろん例外ではありません。日の出から日の入りまでのうつり変わり、夜と昼が織りなすワルツ、潮の満ち引きを起こす月光ソナタ、そしてめぐりやむことのない四季のメリーゴーラウンドといった、人々が日々目にする自然現象はこうした地球のうごきから生み出されているのです。 しかしわれらがゴショーにとっては、日の出はただの日の出、日の入りはただの日の入りにすぎません。地球の公転なんて、いったい何の関係があるというのでしょうね?
それでも、私の大切な読者であるあなただって、まさにこの文章を読んでいる今この瞬間にも、惑星のうごきとともに絶えずめぐりまわっているのです。
ゴショーは「よその世界」、つまり水槽の外で起きていることにほとんど注意を払いません。水槽の内側で起こる出来事に完全に(あらゆる意味で)没入しているからです。読者の皆様に請け合いますが、水槽内の世界では本当にさまざまな出来事が起きているのですから。この金のさかなには、外の世界の「霧につつまれた」知見に注意をはらうべき理由も意味もあまりわかりません。 せっかく魔法の力を持っていても、ゴショーはしばしばこうした頑固な世界観によって危険にさらされます。われらがヒロインの運命は、周囲の環境に大きく左右されるからです。
水槽
アパート・家
町・国
惑星
銀河
あなたも絶え間なくうごいています
(気付いていないかもしれませんが)
例を挙げましょう。仮に外の気温が急に下がったとしたら……水槽の中の暖かな水が急に冷え込み、そればかりかゴショーと一緒に凍りついてしまうということですよ。たとえ金のさかなが外の気温のことを何も知らなくても、それは起こります。
外の変化は水槽に影響します
はっきりさせておくと、ここで私の言う「環境」とは、(水槽の中の)金のさかなを取り巻く空間ではなく、慣れ親しんだ水槽の外側、いわば「水槽外界(パラクアリア)」を指しています。
ここで読者の皆様方はいみじくも疑問に思われるかもしれません。ゴショーの水槽はなんでまた、海神の司る大海原の、何もないど真ん中を漂うことになったのか。もしかしたら、はぐれものの突風や竜巻におそわれて快適なわが家からさらわれたのかもしれません。
さて。外の世界を知らないゴショーは、また「よその」空間を突き進んでいく自分の水槽のうごきにも頓着しません……うっすらと無意識のうちに「どうも外に何かあるみたい」とは感じているかもしれませんが。いずれにせよ、水槽自体のうごきは全く予想がつかず、時には不安定なもので、われらが小さな金のさかなに大なり小なりトラブルをもたらします。
くなったり
くなったり
別の何かが起こったりします
時速100キロ
時速10キロ
たとえばゴショーが、生きるために大切な用事から一息ついて、今こそ人生を楽しもうと、暖かく魅惑的な南の水域へとバケーションに出かけるとします。よーし決めたわ!とばかりに、さかなは時速10キロの速度(としましょう)で南へ泳ぎ出します。しかし、わざわいなるかな、水槽そのものはわれらが旅するヒロインの気づかぬうちに、彼女にはあずかり知らぬ力によって、時速100キロで北へと進み始めます。
水槽国
水槽外界
(未知の地)
ゴショーの世界の地図
突然の変化
ここはどこ?!
こういった変化の原因は何でしょう?
以前
現在
(突然で不測の)
あるいは初めから波間を漂っていたのかもしれません。結局のところこれはおとぎ話で、ゴショーは魔法の力を持つ金のさかななのです。ですからさしあたり、この現象にはこれ以上触れずにおきまして、お話を先へと進めましょう。
ちょうどゴショーを見つけました。南の暖かくて撫でるような海流との出会いに向け、せっせと泳いでいます。やさしい波に浸かりながら日光浴して、その海のこの上ない美しさと穏やかさの中で息をすることを楽しみにしながら…。しかし、彼女のまわりは激しい暴風雨や旋回するハリケーン、土砂降りの冷たい雨ばかりが取り囲んでおります。ゴショーは容赦ない自然の力の中でもがくものの、目的地の南の海域で自分に与えられてしかるべき穏やかな心地良い静けさにひたるという、心の奥底の神聖な願いをかなえることはできぬまま、永遠の時が流れていくのでした。
この寓話では、水槽は事業家(金魚)が生活をささげて経営するビジネスを指しています。それは事業家が生息する自然の場所であり、「遊泳の自由」である領域を画定する「自然な」境界線…つまり、事業家がそのキャリアの初期から十分に認識していた境界です。
ここはどこ??!
かの有名な百人一首にある歌をもじって「わたの原…久かたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波 我やは思はむ」とでも言いましょうか。周りには「わたの原」しかないのに、水以外のことを勉強する理由なんてあるだろうか? と、さかなのあなたは考えてきたことでしょう。 全くその通りです…金のさかなが、水中に潜ったカモメに波から引き上げられるその瞬間まではね。2秒で、ゴショーは見事ながらもおぞましいことに、水中だけが世界のすべてではないということに気が付きます。
なんということでしょう……この独立心旺盛でビジネスマインドあふれる金のさかなの混乱たるや、想像もつきませんよね。
水槽
工場
すべて知っているし、なじみがあるわ
ここはどこ?
そして、あなたもそういった小さなさかなの1匹であるならば、これまで水の中だけで息をして生活をしてきたことになります。知っていることも、見てきたことも、すべてが水に関しています。生まれて初めてエラで息をした瞬間から、まわりには水しかなかったのですから。さかなのお父さんやお母さんも水のことばかり話していました…それも、きれいな水槽国の言葉でね。叔父さんや叔母さん、兄弟姉妹、そればかりか遠い親戚にいたるまで水の中で幸せに暮らしてきましたし、今も幸せに暮らしていますし、これからもきっとそうでしょう。本当に自分たちは水中で暮らしているのか、などという疑念は、これまでにみじんも抱いたことが無かったはずです。
考えてみてください。長年製造業に勤めてきた人であれば、製造業がその人にとっての「水」となります。製造のことしか知らないのです。その人のお父さんや、お父さんのお父さんも製造業に勤めてきました。大学で学んだことも製造についてで、初めてのインターンシップも商品を製造する工場でした。30年にわたって学んできたことや、してきたことはすべて、コンベアと製造に関することばかり。そのため、まわりには製造業以外なにも無いと考えてしまいます。
われらが愛すべき金のさかなは、よその世界との繋がりがほとんど無いため、よその世界についてほとんど何も知りません。 「水槽外界(パラクアリア)」から独立した(とゴショー自身は思っている)自足的で「自律した」あり方は、それほど悪くはなさそうです。 水槽にはゴショーの意思の及ばないうごきがあるのかもしれないという考えは、しっかりとした合理主義的な彼女の考え方からすると、ちょっと深遠にすぎる理解しがたい概念でした。
ゴショーは水槽の中で自分が正真正銘の女王様であることを確信していて、好きなことばかりしているんです(そうもいかない時もありますが)。ゴショーにとってこれはダキョーできないことなんです。ただ、水槽の壁の遥か彼方、超現実的なまでに遠いところにも何かがあるという思いつきは、ゴショーにも1回か2回(多くて3回)はありました。その時でさえ、それはあいまいな、ぼんやりとした夢に過ぎなかったのです。
ゼネラル・エレクトリック社の伝説の最高経営責任者であるジャック・ウェルチの名言に、「組織の内部の変化が外部の変化についていけなくなったとき、終わりはすぐそこに来ている。」というものがあります。
そして息絶えるのです。
その翌日
ある日
愛すべき小さなゴショーにとって生活はただ続いていくものです。水槽の流れが穏やかで清閑で、大きくて澄み切った鏡のように波風のない日もあれば、次の日にはすべてがひっくり返ることもあります。どこからともなく突風が吹いて、水が緑色に濁るのです。そして時には禍々しく暗い青に染まり、完全な漆黒のように見える時すらあります。他のさかなや貝、砂、すべてが刹那のうちに目の前から消えていきます……ただ見えるのは、行く先々ですべてをうち砕き荒れ狂う猛烈な波ばかり。
あなたのビジネスは、あなたの水槽です
家族
教育
インターンシップ
キャリア
ビジネスの経営
:ひとりの影響、能力、そして関心領域
:ひとりの管理外領域
金のさかな(水槽ではなく)の、外の世界とのつながりは
もろく不安定です
未知の領域
悲劇的な結果
ジャック・ウェルチ
ゼネラル・エレクトリック社の最高経営責任者
(1981~2001年)
組織の内部の変化が外部の変化についていけなくなったとき、終わりはすぐそこに来ている。
水槽の中での暮らしがゴショーにとって、とてつもなく辛く感じられる時には。 ゴショーはそんな時、どうしたらいいのでしょう。 まあ、彼女としては、存在しうるあらゆる世界の中でも最高のこの世界で、すべてが上手くいくことを全力で信じるしかないのですが。
ここで、ゴショーはかつて受けたフランス語の授業を思い出し、こう考えます。「C'est la vie.(人生とはそんなもの。)」いかにも、ゴショーは「世界とはただそういうもの」だと信じているのです。物事は自然の摂理によってこうなるのだと。言わずもがな、疑念や将来への恐れ、「非生産的で当てのない年月」への後悔や、過去の栄光への執着は絶えず打ち寄せるものです…
われらが愛すべき金のさかなの心の中に、何度も疑念が忍び寄ってはふくらみます。海坊主が邪悪な笑みを浮かべながら、ゴショーとその向こうにある深い群青の海とのあいだに意地悪く体を強く押しこんで、妨害して、妖術を駆使して邪魔をしているのではないかと。
そして親愛なる読者の皆様、まさにこれこそが、われらが金のさかなの本当の問題なのです……つまり、ゴショーはよその世界の変化についてほとんど何も知りません……。その変化を観察したり認識したりすることができないのです……今はまだ。
昔々、私もそんな金のさかなでした……。しかし、自分の水槽がうごいていると気づいた時、それが自分の意思や知識に関係なく明らかになった時、私は少しずつ疑問に思うようになったのです。さまざまな面で心優しい金魚(事業家)たちがいる、私たちのこの水槽を、誰が(なぜ、どのように、そしてどこで)動かしているのかと。
水槽はうごいています
そういうものなの?
何に影響されるのでしょうか?
残念ながら、われらが勇敢な魔法の金のさかなは、これではほとんど助からないでしょう。果敢な努力に加えて、その努力を行使する正しい方法を選ばなければいけないのです。たとえば、自分の水槽が実は真北に進んでいて、彼女自身も北極圏に直行していたと知った時にだけ、ゴショーは自分の船を保温して、最近手に入れたきらびやかな水着の代わりに着心地が良くて暖かい(そしてとても豪華な)毛皮のコートを買う場所を銀座で探すのに必要な対応をとることができたでしょう。ハワイで買ったお洒落な水着は北極海ではあまり役に立ちませんからね…。
不思議な潮の流れが、疑うことを知らない金のさかなをついに北極まで連れてきてしまった時(もしゴショーがカモメから逃れることができたらの話ですが…なんといってもゴショーは魔法の金のさかなですし)、ゴショーはそれでも暖かくてやさしい海域に到達するという崇高な欲望を断固として貫こうとします。そしてわれらが勇敢なヒロインは、凍てつく厳しい北極海でこごえ死んでしまう直前に、容赦ない寒さで震えながらも半分凍りかけた金のさかなの脳みそをフル回転させ、南方への速度を単純に時速10キロから11キロへ、あるいはさらに、いいですか、時速12キロ以上にまで引き上げる必要があると賢明にも結論付けます。 合理主義的な金のさかなの目からは、このうえなく論理的な結論に見えます。問題を解決して成果を出すには、もう少し頑張ればいい。そうでしょう?
奇妙にも、海で嵐がある時はいつも、われらがゴショーは何が起こっているのか、どうして運命を司る神は水槽内の生活に栄枯盛衰を与えるのか、真摯に考えるのです。
周りの事業家たちが、市場シェアの低下や売上の減少、競争の激化、従業員のやる気の低下といった新しい嵐に直面した時はいつも事業家たち自身がいる「水槽内」から解決策が提案されます。事業家たちがほとんど気づかないのは、必ずしもそれが自分の注意と理解を求める根城であるところの水槽の問題というわけではなく、愛してやまない水の問題というわけでもなく、むしろ慣れ親しんだ流れの向こうに待ち受ける、よその世界の果てしない「市場大陸(マーケットランド)」に存在する要素の問題でもあるということです。
でも今のところ(というか流れでいくと)、ゴショーは予測不可能で不安定な潮の流れの領域に永久にとどまり…残酷で辛辣で敵意に満ちた海の中で、遅かれ早かれこごえ死ぬ運命にあります。 とはいえ、親愛なる読者の皆様はどうお考えでしょう?
売上
競争
やる気
水槽内の周りで変化するものなんて関係ないわ